2019年5月に熊本県にある阿蘇五岳の中の2つ烏帽子岳(えぼしだけ)と杵島岳(きしまだけ)に行きました。
標高が一番高い、中岳に行きたかったのですが4月中旬に噴火して入れませんでした。
火山情報はこちら
<ルート>
阿蘇駅 → 草千里ヶ浜 → 杵島岳 → 草千里ヶ浜 → 烏帽子 → 阿蘇駅
約7時間
<MAP>
[map addr=”草千里ヶ浜”]
<感想>
杵島岳は階段と坂道だけで登りやすかったので、烏帽子岳から先に登ったら良かったです。
烏帽子岳、杵島岳はそれぞれ1時間程度で登れたのですが、阿蘇駅から草千里ヶ浜までが遠かったです。
<コラム>
・広大な阿蘇草原と、四季の恵みの中で生きる小さな命
阿蘇は世界屈指の大きさを誇るカルデラや噴火口を直接、覗ける山としてスポットが当たっていますが、古くから知られた植物の宝庫でもあります。ここに広がる草原、湿地、隕石や火山灰が堆積する火口周辺など多様な環境の中に1500種以上もの植物が記録されています。およそ15万年前、中国大陸と陸続きであった頃に移動してきた植物(大陸系植物)、日本の北方から南下してきた植物(北方系植物)なども残っています。式の恵みの中で多種多様の植物が根を張り、小さな命を輝かせています。
この地域は、「阿蘇くじゅう国立公園」の特別保護地区です。動植物の摂取は禁止されています。中には、熊本県の希少野生動植物保護の対象に指定されている種もあります。野草は阿蘇の自然のなかで育つものです。写真に撮ったり、スケッチするなど観察にとどめて阿蘇の自然を守りましょう。
・千年以上の歴史を持つ草原は自然と人々の共存の歴史です。
阿蘇登山道路に「この道路は牛馬優先」と書かれた古い道路標識が立っているのをご存知でしょうか。昔、この道路敷は、放牧場でした。
高原の歴史は古く日本書紀・景行天皇紀に「阿蘇の国〜野広く」と記されているように、この地方には古くから草原があったようです。放牧用の草原としては、色々な資料を調べますと千年以上の歴史があるのではと考えられています。
阿蘇の草原は、旧藩時代から集落ごとに入会権が設けられていて畜産農家が共同で利用してきました。毎年3月中下旬になると野焼きが行われます。野焼きは、草原が森林化するのを防ぐとともに、その年の草の生産性を高めるために行われるもので、火に強い地下茎の発達したイネ科の野草を残し、火に弱い雑潅木を取り除くための、最も効果的な草地の管理作業です。
このように阿蘇の草原は永い間、人々の手によって守られてきたもので、自然にできたものではありません。牧草が伸び始める4月上旬からいよいよ放牧が行われます。冬の間、広い畜舎に閉じ込められていた牛は、肥後の赤牛といわれる「褐毛和種」で阿蘇には約10000頭飼われています。性格は大人しく、発育も早いなど放牧に適した品種です。秋が深まる11月には、それぞれの畜舎に帰って行きます。これは延々と繰り広げられる自然と人々との共存の歴史でもあります。
●輪地切り
野焼きの日が森林に延焼するのを防ぐため、道のような防火線を設けます。この作業のことを輪地切りと言います。草が伸びきった8月〜9月にかけて森林などとの境に、幅6〜10mに草を刈り払い、草が乾いた頃に焼いて防火線を完成させます。この作業は急斜面で重さ7kgもある刈払機を肩をかけ、酷暑の中で行う作業は危険で大変な重労働です。農家の人々の汗によって阿蘇の草原が守られていることを知ってください。
参考資料
阿蘇のパンフレット
・杵島岳 美しい山のかたちをつくりだした新しい火山
阿蘇五岳の中では西側、涅槃像の膝のあたりに位置する杵島岳は約3500年前の噴火による山です。若い火山であるため、浸食をうけていない、なだらかな山のかたちと噴火による地形を多く残していることが特徴です。たくさんの火口や、噴火活動の跡を見ることが出来ます。天気が良ければ頂上から阿蘇カルデラ北部を一望でき、山の形の違いから時間の経過をたどることもできます。
・烏帽子岳
烏帽子岳(1337m)はおよそ3万年前に誕生した、主に安山岩の溶岩でつくられた成層火山です。山頂部に火口の跡が見られないのは、烏帽子岳が形成された後に草千里ヶ浜の活動により、噴出物が烏帽子岳の山頂を覆ってしまったためです。眼下に広がる草千里ヶ浜は直径1km。およそ2万7千前に形成され、中央火口丘群の中でも最大規模の噴火を起こした場所です。二つの池の間にある小高い丘は駒立山と呼ばれ、二度目の噴火で吹き飛ばされた溶岩ドームの残骸です。草千里ヶ浜のドーム型の草原がひろだり、牛馬が放牧されのどかな風が広がります。